Research
菅研ではロボットや自動運転自動車が、周辺の環境情報をより正確に、より高速に、より深く知ることができるテクノロジーを追求しています。そのために半導体センサ技術を活用したMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)という、非常に小さい領域にセンサや情報処理機能を集積したシステム化技術を活用して、新しいロボット用のカメラの基礎研究や、新ししい医療用センサ、完全に生分解可能な新しいエレクトロニクスセンサ、そして、MEMSの微細加工性能を利用した新しいサイエンスのツールの研究開発を進めています。とくに、菅研ではこれらのセンサを、シリコンなどの原材料を加工して、みずから作っていくことをモットーにしています。シリコンMEMSデバイスをゼロから手作りする研究室は、国内にも数えるくらいしかありません。モノづくりに興味がある方、半導体などの分野に興味がある方、アイディアを具体的なデバイスにしたい方は、ぜひメンバーになってください。
以下に、5つの代表的な研究テーマを紹介します。
1. シリコン製中赤外受光器(Si based mid-infrared photodetector)
私たちのスマートフォンやロボットの視覚などで使われているカメラ撮像素子は、基本的にシリコンで作られています。これらは可視光の撮影にチューニングされていますが、赤外線を測定できるようになると、物質の放射スペクトルを見分けて、物質の同定が可能になります。そこで、一般的なカメラに組み込み可能な、シリコン製の赤外線受光器の研究を進めています。シリコンには単体では赤外線を検出する感度は持てませんが、シリコンに特殊な金属をつけてあげると、赤外線の検出が可能になります。性能をアップするために、金属にナノサイズのアンテナ構造を作り込み、光を効率的に吸収して検出できるようにする研究を進めています。将来的に、可視カメラに組み込んで、例えば人とマネキンを画像から見分けできるような、高度な知能機械の視覚を提供できるようにしたいと考えています。
白金シリサイドとシリコンの低障壁接合を利用した室温検出可能な中赤外光検出器
シリコン上に白金シリサイドという金属を形成したことで、中赤外線への検出能力を獲得しました。ナノサイズの凹凸が光を効率的に吸収するので、素子を冷やさずとも中赤外光を検出可能となりました。この素子をアレイ化して、将来的なカメラ化を目指します。
参考文献
Ashenafi Abadi Elyas, Eslam Abubakir, Masaaki Oshita, Daiji Noda, Ryo Ohta, Tetsuo Kan: Characterization of an uncooled mid-infrared Schottky photodetector based on a 2D Au/PtSi/p-Si nanohole array at a higher light modulation frequency, Applied Optics, vol. 63, no. 8, pp. 2046-2055, 2024.
論文へのリンク:10.1364/AO.517926
ナノサイズの溝を持つ、中赤外向け表面プラズモン共鳴光ディテクタによる分光技術
シリコン上にナノサイズのトレンチを作ることで、中赤外線を効率よく吸収できる構造を作りました。わずかなトレンチ幅の違いで、異なる波長の光を吸収できます。どのように構造を並べると、入射した光のスペクトルを分析できるかを解析した研究です。
参考文献
Shun Yasunaga, Tetsuo Kan:Plasmonic mid-infrared photodetector with narrow trenches for reconstructive spectroscopy, Optics Express, vol. 30, no. 12, pp. 20820-20838, 2022.
論文へのリンク:10.1364/OE.458896
2. 超小型MEMS赤外分光器(Ultra small MEMS spectrometer)
ロボットの視覚認識力を飛躍的に向上させるために、小型なハイパースペクトラルイメージング装置を実現可能な、小型MEMS分光器の研究を進めています。Googleカーや農業用ドローンなどは、周辺空間のスペクトル(色あいの波長ごとの強弱)を調べるために、ハイパースペクトラルイメージャと呼ばれる装置を搭載しています。これは、カメラの各画素ごとにスペクトル取得可能な優れた装置ですが、きわめて高価で大型であり、ロボットへの搭載が難しいのがネックでした。そこで、小型化に強みのある、独自のMEMS分光素子を研究開発し、従来の分光器のような大型の筐体を必要とせずに高精度分光計測を実現することを目指しています。
アクチュエータを備えたMEMS超小型赤外光分光器
シリコンに金属を接触させると、シリコンで赤外光を検出可能になります。このとき、金属の構造を、規則的なラインパターン(回折格子)にすると、入ってきた光を検出するだけでなく、その波長ごとの強度分布(スペクトル)が測定できるようになります。この計測のためには、光に対して受光部の角度を傾けながら測定することが必要なので、MEMSアクチュエータの機能を使って、小型で角度可変な構造を実現しました。超小型な分光器なので、いろいろな物質の分析や、医療診断などを非常にコンパクトかつ安価なIoT素子で実現できるようになります。
参考文献- Masaaki Oshita, Shiro Saito, Tetsuo Kan: Electromechanically reconfigurable plasmonic photodetector with a distinct shift of resonant wavelength, Microsystems & Nanoengineering, vol. 9, art. no. 26, 2023
論文へのリンク:10.1038/s41378-023-00504-4 - Yosuke Yamamoto, Masaaki Oshita, Shiro Saito, and Kan, Tetsuo: Near-Infrared Spectroscopic Gas Detection Using Surface Plasmon Resonance Photodetector with 20-nm Resolution, ACS applied nano materials, vol. 4, no. 12, pp. 13405-13412.
論文へのリンク:10.1021/acsanm.1c02925
3. 表面プラズモン共鳴を利用した新しい小型ラベルフリーセンサ(Miniaturized label-free sensor based on SPR)
赤外線を検出する方法としてシリコンと金属膜の界面を利用する方法を紹介しましたが、菅研では検出効率を高めるために、入射した光エネルギーが金属表面において、共鳴的に吸収される現象である表面プラズモン共鳴という物理現象を活用しています。この現象は、赤外線検出器以外にも、一般的には化学量センサの基礎原理としても使われています。金属の表面にタンパク質が付着すると、共鳴条件が変化するので、そのシグナルを測定すれば微量なタンパク質などが測定できる原理で、コロナウイルスやガンマーカーの高精度検出に使われてきました。菅研の技術を活用すると、従来の測定器を極めて小型化できることが分かったので、現在研究しています。医療センサに革新を起こしたいと考えています。本研究は、S専攻の瀧研究室との共同研究です。
金回折格子を備えた電流検出型SPRセンサ
表面プラズモン共鳴、略してSPR(Surface Plasmon Resonance)は、金属表面の屈折率の微細な変化に応じて変化します。共鳴条件で光を赤外線検出器に照射しておき、タンパク質などが金属表面に付着すると、共鳴条件が変化するので光の吸収効率も敏感に変化します。この測定した電気信号量を解析すれば、オンチップでタンパク質を測定可能です。従来は、SPRをダイレクトにチップ上で測定するすべがなく、顕微鏡などで光吸収量を測定することで検出していたので、この方法で大幅なセンサの小型化が可能となります。将来的に、このセンサをピクセル的に大規模に配列することで、たとえば血の中に存在する膨大なタンパク質の量を一気にチップで解析できるようなセンサをつくりたいと考えています。
参考文献
Ryota Kuroki, Sinich Suzuki, Shun Yasunaga, Masaaki Oshita and Tetsuo Kan: Grating-Based Surface Plasmon Resonance Sensor for Visible Light Employing a Metal/Semiconductor Junction for Electrical Readout, IEEE Sensors Journal, vol. 22, no. 3, pp. 22557-22563, 2022
論文へのリンク:10.1109/JSEN.2022.3213760
4. 環境や生体の中を測定する完全生体分解性センサ(Fully biodegradable wireless metamaterial sensor)
通常、センサなどのエレクトロニクス素子は電源や金属配線などが必要なので、野外に放置したり、飲み込んだりすると環境や生体に負担をもたらします(電気回路なんて食べたくないですよね)。そこで、野外にばらまいても、飲み込んでも大丈夫な、生分解性の材料のみで構成された、新しいセンサの研究を進めています。ポイントは、メタマテリアルと呼ばれる、構造のデザインによって反射する周波数などを調整可能とする、電磁波材料を作るための新しいテクノロジーです。菅研では、メタマテリアルを生分解可能な基板(生分解性プラスチックやライスペーパーなど)上に、同じく生分解性の金属(マグネシウム)などを用いて構成することにより、分解するまでは電磁波応答する・環境と反応して分解されると電磁波応答が消失する、この応答の差を利用して、環境情報のセンシングを行います。AI農法や、生体内の健康診断に利用可能な技術となることを期待しています。本研究は慶應義塾大学尾上研究室とI専攻村上研究室との共同研究です。
土壌測定のための散布可能な立方体型メタマテリアルセンサ
土壌状態を遠隔で測定できるメタマテリアルセンサを実現しました。サイコロ状の立方体の各面にX字の金属共鳴パターンを形成しています。対称性が高いので、姿勢によらず電磁波応答が変わらない(誘電率がスカラーになる)という特性を使っています。肥料みたいに土壌上に撒いても、姿勢がランダムになっても電波応答が不変となり、安定的な測定が可能です。土壌上に撒いたのちに、金属(Mg)が土の成分と反応して溶けると電波応答が喪失して、土壌中の成分の有無がわかります。今回は基板をアクリルで作りましたが、将来的にはこの部分を完全に生分解性材料で置き換え、さらにコーティング技術を高めて、複数の土壌栄養素などが遠隔に測定できる、新しいセンサの実現を目指しています。
参考文献
Tatsuya Yano, Wataru Tanihara, Soma Sato, Gaku Furusawa, Hiroaki Onoe*, Tetsuo Kan*: Biodegradable Cuboid Isotropic Metamaterial for Wireless Soil Monitoring, IEEE Sensors Journal, vol. 24, no. 17, pp. 27256-27264, 1 Sept.1, 2024
5. マイクロ流路を利用したバクテリアの運動解析(Microfluidic device for bacterial behavior analysis)
昆虫の腸の中における細菌の行動を再現性良く調べることは、簡単ではありません。どのようなサイズの腸管の中で、特徴的な行動が発現するのか。腸管の中はどんな環境のときに、活発に行動が生まれるのか。こうした、定量的な行動解析をおこなうために、この研究では人工的に最近の行動環境、例えば細菌のランニングトラックを構築し、詳細に行動解析を行います。細菌のサイズは1マイクロメートル程度で非常に微細ですので、ランニングトラックを作るために、菅研究室のコア技術であるMEMS半導体加工技術を利用します。本研究では、この方法で様々な機能を持つ流路構造を形成し、細菌の様々な運動・行動を解析してゆきます。本研究は、S専攻の中根先生との共同研究です。
バクテリアの鞭毛巻き付き運動解析のためのマイクロ流路構造
近年、バクテリアの運動様式として、鞭毛を体に巻き付けて狭隘部を進む、ドリル運動という様態が発見されました。この詳しいメカニズム解明には、毎回の昆虫解剖が必要でしたが、再現性定量性を高めるために、腸管を模した構造を人工的につくりました。昆虫の腸管を模して、幅1マイクロメートルほどの長い線をフォトレジストをリソグラフィ技術で整形します。その上に、PDMS(ポリジメチルシラキサン)と呼ばれる樹脂を流して長い線を型取りすることで、サブマイクロメートルのオーダまで正確にパターンを写し取ることができます。このパターンを、人工的な腸管に見立ててスライドガラスの上に配置することで、細菌のランニングトラックとして機能する、マイクロ流路を形成することができます。このツールを用いることで、ドリル運動が実際に細胞体と同程度のサイズのきわめて狭い流路を、効率よく移動できることが明らかになりました。
参考文献
Yoshiki Shimada, Aoba Yoshioka, Daisuke Nakane, Tetsuo Kan:MICROFLUIDIC CHANNELS FOR ANALYSIS OF FLAGELLAR WRAPPING MOTION OF BACTERIA, The 27th International Conference on Miniaturized Systems for Chemistry and Life Sciences (µTAS 2023), Katowice, Poland, October 15-19, 2023.